2024.03.08

豚と共存する未来

 2月6日の読売新聞朝刊1面のトップ記事「豚の腎臓 胎児に移植」という見出しに目を奪われました。記事では、腎臓に問題がある「ポッター症候群」の胎児に、受精後30日の豚胎児から取り出した約2ミリメートルの腎臓を移植する計画と書かれていました。「ポッター症候群」とは生まれつき腎臓が正常に作られず、体内の水分や老廃物を十分に排出できない病気です。5000人から1万人に1人という頻度で発症するとされ、生後透析が受けられないと間もなく死亡するケースが多いそうです。
 移植手術は出産予定日の約4週前に行い、胎児の背中の皮下に特殊な注射針で豚の腎臓を注射します。移植した腎臓は周囲の血管と自然に結合し合い1日数十ミリリットルの尿を作ることが期待でき、出産後赤ちゃんの背中にチューブを挿入して溜まった尿を排出する計画です。治療は赤ちゃんが透析を安全に受けられるようになるまでの数週間、病気の腎臓の代役となり、その後豚の腎臓は取り除くことになります。
 医療目的での動物の利用は様々な課題も指摘されています。その一つが激しい拒絶反応と言われていますが、豚の胎児の未熟な臓器を使えば拒絶反応が起こりにくく、強い免疫抑制剤を投与する必要がないという利点があるようです。しかし異種移植に関するルール整備は遅れています。豚の心臓を人に移植した例が複数あるアメリカではここ10年ほどで狙った場所で遺伝子を壊したり、加えたりして改変するゲノム編集の技術が進み、人に移植しても拒絶反応を起こしにくい遺伝子改変豚の作成が進んでいます。しかし家畜として食用だったはずの豚のゲノム編集を私たち人間がどこまで進めていいのでしょうか?
 倫理面での議論も不十分と言わざるを得ません。いくら技術的に異種移植が可能になっても、人々に受け入れられなければ、現実の医療として普及していくのは難しいでしょう。臓器にかかわらず皮膚や髪の毛など、動物から人に移植すればするほど、人と動物の境界線が曖昧になり、人間の尊厳性が低下するのではないのかなどの議論が起きそうです。日本でもいよいよ真剣に議論すべき段階になったと感じます。
 今回の取組は、亡くなるのを見守るしかなかった赤ちゃんの命を救える可能性があると、東京慈恵医科大横尾隆教授が話しています。臓器ドナー(提供者)不足を解消する切り札と期待される豚の臓器、豚と共存する未来はすぐそこまで来ています。

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